月の記録 第7話


逃げて、逃げて、逃げ続けて。

「枢木!どこにいる!!」

苛立ったルルーシュの声を聞きながらスザクは息を殺していた。
室内を見回したルルーシュは、換気のために開け放たれていた窓に近寄ると外をぐるりと見回した。屋敷の3階だが、スザクなら難なく飛び降りるかもしれない。だが、それなりの体重がある男が飛び降りた音を聞き逃すとは思えない。

「チッ、どこに消えた!」

舌打ちし苛立たしげにカツカツと靴音を鳴らし、部屋を出ると勢い良く扉を閉めた。その音に、スザクはほっと息を吐く。
危なかった。
ルルーシュは左右の壁と地面は見たが、幸運にも上は見なかった。
太陽の光も味方し、影もルルーシュの視界に入らずに済んだのだ。
急いでここから離れなければと、慎重に壁を伝って地上に降り、駆け出した。
時間稼ぎを命じられてから、ルルーシュの気配を感じるたび、スザクはこうして姿を隠し続けていた。初めて主に求められているのに逃げ隠れする状況は想像以上に精神をすり減らし、ストレスが一気にたまっていく。
全速力で走ったスザクは道場に駆け込むと道着に着替え、バケツと雑巾を取りだした。気分転換も兼ねて道場の掃除をすることにしたのだ。
この道場はスザクのためにと、アリエスの訓練棟の奥に建てられたものだった。日本人には日本人に合う訓練棟が必要だというマリアンヌの独断で建設されたため、それも気に入らなかったルルーシュは今まで近づきすらしなかった。
だから、ここは安全だろう。
無心に掃除をしていると、誰かが走ってくる音が聞こえた。 なんだろう?と思い視線を向けると、それはジェレミアだった。全力疾走してきたのだろう、息が上がっている。

「枢木、ルルーシュ様が来られた!」

道場へは訓練棟の前を通らなければならない。
訓練棟を使用していたアリエスの警備兵が近付いてくるルルーシュに気づき、離宮の警備にあたっていたジェレミアに連絡をしたのだ。

「え!?わ、まずいっ」

訓練棟と道場はそんなに距離はない。
恐らく訓練棟の兵士たちが足止めしているだろうが、あまり意味は無いだろう。バケツと雑巾を片付けて、ここにいなかったことにしなければ。

「いいから行け!ここは私がやっておく!」
「す、すみませんジェレミア卿」

スザクは大急ぎで道場の奥の方へ駆けていき、裏の窓から外へ出た。
残されたのはバケツと雑巾。

「さて・・・」

靴を脱ぎ、道場へ上がったジェレミアは、上着を脱いで腕まくりをした。

「何をしているんだジェレミア」
「これはこれはルルーシュ様、このような場所にどうしました」

しれっとした顔でジェレミアはルルーシュを迎えた。
雑巾をバケツの中へと落とし、腕巻くりを直しながら立ち上る。

「何を、しているんだ?」

不愉快そうに顔を歪めたルルーシュは再び尋ねた

「床の雑巾がけをしておりました。久々にやると、体に応えますな」

全力疾走してきたことで、まだ額に汗が浮いているから、忠義の騎士が嘘をついているとは思わないだろう。

「なぜお前が雑巾がけなど・・・ここはあいつの道場だろう」
「たまにこうして、手伝っておりまして・・・」

基本的にスザクの場所のため、清掃はスザク一人で行う事が多いが、ジェレミア達も時折ここを使用し掃除をしている事は、ルルーシュも伝え聞いていた。

「まあいい、あいつはいないのか」
「枢木ですか?いえ、見かけておりませんが・・・」

さわやかな笑顔で言っているが、目が若干泳いでいる。
軍服の上を脱いだだけの姿。
掃除に来るような格好ではない。
この時間は警備にあたっているはず。
何より道場の主であるスザクに断りなく掃除をする男ではない。
ということは、逃げたか。
既にこの建物から離れたと見るべきだろう。

「邪魔をしたな」
「ルルーシュ様、どちらへ」
「気にするな、お前は掃除でもしていろ」

そう言うと、ルルーシュは足早に道場を後にした。
探して、探して、見つけたと思ったら、また逃げられて。

「あいつは・・・っ!」

今までは避けて、避けて、避け続けてきたルルーシュだったが、今度は立場が入れ替わり、今まで疎ましく思っていたスザクを探さなければならない。身体能力にこれだけ差がある以上、このまま追いかけ続けたところで捕まえることは不可能・・・

「・・・っ、冗談じゃ、ない」

早く終わらせたいのだ。
スザクを見つけ、正式に口にすればそれで終わりだ。
それで、あいつはこのアリエスからも出ていくことになる。
それなのに、たったそれだけのことが出来ない。
避けられている事は解っているから、夜にスザクの自室へ行っても無駄だった。ノックをせずマスターキーを使い部屋へ忍びこんでみたが居ないのだ。
どこにいるのか聞いても、アリエスの者は誰一人として知らないという。

「・・・このチャンスを逃すつもりか、あの馬鹿が」

自分よりも上位の皇族が、望んだのだ。
それは、その実力が認められたと言う事に他ならない。
騎士としての役目を与えられず、ただお飾りとしているだけだったのに、それでも隠しきれないその才能に気づき、自分の元にと言ってきたのだ。本来、ブリタニア人以外立ち入ることの許されない皇宮に住まう事が許されたただ一人の外国人であるスザクは、肩身が狭い思いをしている。もしかしたらあの場面での同情もあるのかもしれないが、それだけで初対面の相手が、スザクを騎士になど言うはずがない。
実力を認められ、欲しいと請われたのだ。
それが、解らないのか。

「絶対に、解任する・・・!」

見つけないことには話しにならないと、ルルーシュは不毛なかくれんぼを続行した。

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